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 日本本土の西端にある 造船と国防の町として知られる佐世保市を訪ねました。
同類の旧軍港の街 横須賀には行ったので
今度は是非 佐世保の街をゆっくり探訪したいと思っていたのです。
街歩きをしながら撮影した沢山の写真と共に
“佐世保のあれこれ”を文字量たっぷりに記述します。
 
  佐世保の沿革
 佐世保という地名は ササブという植物から来た説と アイヌ語だとも言われていますが 明治維新から10余年を経て 朝鮮半島をめぐり清との軋轢が強まる中で 明治19年に鎮守府設置が決定するまでは 農を主とする一寒村に過ぎませんでした。

 西海の押さえとして 明治政府は明治22年に佐世保に鎮守府を開庁しました。佐世保が選択されたのは 中国大陸や朝鮮半島に近くの西海の要であった事と 佐世保湾は水深も深く 湾口が島々に隠されるような地形で 外洋から船舶群が丸見えではない 天然の良港だったという点が挙げられます。
 
 それから僅か10余年余りで 佐世保は急成長。
明治35年に村から一挙に市に昇格した時の人口は既に6万人、昭和2年にはその倍近くになりました。
 第一次大戦後の軍縮時代に一時寂れはしたものの 満州事変、日中戦争、太平洋戦争を機に軍都は益々成長。水兵、徴用工員、挺身隊員で溢れた昭和19年に人口28.7万人に達しました。
 日本の配色濃くなった昭和20年になると 軍都佐世保も完膚なきまでに大空襲を受け 終戦直後には人口も14万人に半減しました。

 前途暗澹と思われた佐世保も 厖大な旧海軍工廠や 大型貨物船を一度に9隻着岸できるドッグ、病院、水道ほか時価70億に達するものを無償払下げを受け SSK(佐世保重工)が出来るなど 旧軍港市転換法の適用で平和港として再出発出来た事は 佐世保にとって不幸中の幸いでした。
 が、皮肉にも昭和25年に朝鮮戦争が勃発し 佐世保は連合軍の作戦基地になりました。その時、日本で最も特需景気の恩恵を受けた街が佐世保だったのです。

 当時の佐世保は特需景気のブームタウンさながらで 米軍属相手に飲食店、バー、キャバレーも激増。住宅は幾ら建てても足りず 家賃や地代は東京並み。昭和27年には、ビール売上げが日本一、レコードは日本で二番目、リンゴの入荷量は日本で三番目、タクシー台数は当時九州では福岡市の次に多く 材木使用量は当時の長崎県の37%で長崎市の2倍だったそうです。

 昭和28年の朝鮮戦争停戦で 佐世保はすっかり落着きを取り戻した矢先に 今度は海上自衛隊が創設され 街は繁栄を取り戻すことができました。昭和43年には原子力空母エンタープライズの日本初入港で街が騒然とした事もあります。
 確かに天然の良港ではありますが ヒンターランド(後背地)人口が少なく 基地と造船以外にこれといった産業が無い事から
高度成長期に人口は漸減を続け 昭和35年に26万だった人口は 平成14年に24万人になっています。(平成の大合併で再び持ち直し 現在は約26万人)

 旧軍港の町とはいえ 海上自衛隊だけがある、舞鶴、大湊と違って 米海軍が駐留する横須賀と佐世保は 外国人バー、ジャズバーなどが存在し 佐世保バーガーが名物化した事も相俟って アメリカンナイズされた独特の雰囲気があります。
弓張岳より望む 佐世保港
海上自衛隊 佐世保史料館より見た風景
佐世保市谷郷町の国道35号線より 奥は佐世保市役所
    
それではJR佐世保駅を基点に 街を歩いて行きましょう……。
         
 JR佐世保駅
博多から佐世保へは 
JR特急が速く便利です。
特急券は街の金券ショップで
求めると2,000円しませんから
(2007/3現在) 高速バス券を
定価で買うより安いです。

JR特急はハウステンボス行と
併結されているので乗る際
号車に注意してください
 ここも最近高架駅となった様子です。
発着本数を考えるとオーバースペックな感もありますが 駅周辺にも多目的ホール ショッピングモール等が建設され再開発が進んでいました。
 駅前は高層ホテルが林立し、最果て感は皆無ですが、佐世保駅はJRで最西端の駅なのですね。


白南風町…佐世保駅の目の前の丘に見える 山の中腹に張り付くように立ち並ぶ家並み
  三浦町教会
 佐世保駅から左正面の丘の上にすぐ見えるカトリック教会です。
鎮守府開設で 人口増と共に信徒も増え 昭和5年に作られました。
白い尖塔・美しいゴシック様式の姿は 佐世保市街の象徴となっているようです。
 太平洋戦争中は 空襲や機銃掃射の目的になるのを避け 
真っ黒に塗りつぶされたそうですが 運良く空爆を逃れる事が出来ました。 
 ここからの風景 スペインやポルトガルの都市のよう。
佐世保市三浦町と国道35号線 佐世保市戸尾町から国道35号線
  トンネル横丁戸尾市場
 国道に沿ってトンネル横丁があり そぐ傍に戸尾市場という商店街がありました。

 トンネル横丁とは、戦時中に岩山に掘られた防空壕に出来た市場で、半間ほどの間口で奥に深い店がずらり並んでいます。
横丁のある岩山の上には学校のグランドがあるという 珍しい風景ですが、繁華街の中心に 大手を振って存在しているのも個性があって面白いですよね。

 戸尾市場は、近辺の東シナ海より水揚げされた海産物をはじめ、水産加工品、青果、日用雑貨、衣料などなどの店が軒を並べています。 昭和30年代の日本が 街の中心に残っている感じです。
カマボコ状の空間が、防空壕を彷彿とさせます。 下町らしい、雑多で懐かしい匂いに溢れた市場です。
  さるくシティ4○3アーケード
 四ヶ町アーケードと三ヶ町アーケードから成る
7つの街を一直線に貫く 全長1kmの長いアーケードです。
 佐世保駅側から下京町、上京町、本島町、島瀬町、栄町、常磐町、松浦町と続きます。
近年多くの地方都市では既存市街地の“シャッター通り”化が進んでいますが 佐世保中心街は古くからある商店街には珍しく 充分元気さが感じられました。

 百貨店は玉屋、ファッションビルはアルバ西沢、TWINKLE、大手スーパーはジャスコがあり その間はファッションや飲食を中心に数々の店舗が密集しています。
 映画館、ボウリング場など娯楽施設も付近に点在し
旧軍港市の横須賀より 繁華に詰んでいるといった印象で活気があり 20万人都市の中でも「日本一元気な商店街」と評され全国から商店街組合が視察に訪れているほど。
 面白いのが アーケード街の上を 松浦鉄道がオーバークロスしているという事。右写真の黄看板の後ろがガードなのです。
松浦鉄道は旧国鉄の第3セクターで 佐世保中央駅と中佐世保駅の駅間距離はびっくりする程近いです。
それにしても 佐世保駅、佐世保中央駅、中佐世保駅、が存在して..... 何処も街の代表駅のような名称ですね(笑)。
百貨店 佐世保玉屋 裏手のばってん通り
佐世保証券というのもあるのですね(左上) 海員会館(上) 

 スーパーを覗いても 産品は地元から仕入れており 地域密着型商売を大切にしているようです。

アーケード街を取巻くように 山県町界隈には沢山の飲み屋がありました。外国人バー&ジャスバーが佐世保色を醸し出しています 
 旧軍港都市は 肉じゃが 海軍の珈琲等色々なグルメが存在していますが
 佐世保は 佐世保バーガー(これについては後述)
海軍さんの入港ぜんざい
海軍さんのビーフシチュー レモンステーキがあります。

 佐世保近海は好漁場ですので 九十九島かき
 鯛しゃぶなど名物も多く
「食」の分野では 旧軍港都市の中では佐世保が
最も自慢できるネタが多いかもしれません。
親和銀行本店と電算棟
 これだけ栄えた往年の港湾都市にもかかわらず 都市銀行の支店が1行もないのは意外でしたが
地方銀行・親和銀行の本店があります。
この親和銀行の本店建物内外も一流ホテルを思わせる重厚さで 見所といえましょう。
名建築家 白井晟一(しらいせいいち)の設計で、
本店の建物上半分は残念ながらアーケードで隠されて見えないのですが 裏手の電算棟(1975年竣工)は彼の代表作と言われています。
緩やかな弧を描く石張りの塊は 個性がある建物ですので チェックしてみて下さい。石は石工が丹念に張っていったという長崎県の諫早産の砂岩です。
  佐世保バーガー
 今や佐世保の代名詞といった感のある この佐世保バーガーのルーツは、昭和25年の朝鮮戦争の頃 当時アメリカ海軍から直接レシピを聞いて作り始めたのがきっかけで 当時の佐世保で隆盛を極めた外人バー街や 佐世保の繁華街には 沢山のハンバーガーショップが建ち並んだようです。

 マクドナルド等の大手チェーンが日本に席巻する前から
佐世保には 手づくりにこだわった美味しいハンバーガーが味を競っており、甘いマヨネーズなど佐世保流のアレンジが施され
佐世保の名物と呼ばれるまでになりました。
現在のようなブームとなったのは NHKの朝の連続ドラマ「てるてる家族」がきっかけと云われます。

 ジャンクフードに過ぎなかったハンバーガーが ブームに伴い
平戸牛や高級食材を挟む店も現れて 行列に並ばなければ食べられず 馬鹿に高くなったとも地元の人は言いますが....。
多くが個人の店なので ベーシック版で300円超が当り前です。
海上自衛隊佐世保史料館の下側のバーガー店 駐車場は満杯
 何処も本物志向の逸品ばかりで 佐世保駅内の観光案内所には 佐世保バーガーマップやパンフレットなどもありました。
写真など見ると 何れも甲乙つけ難く 選択肢も思っているより多かったので それは嬉しい誤算でした。バーガーマップに載ってないお店も 繁華街を歩けば見つけるのに苦労しません
 が、やはり古くからある人気店は ブームの影響で全国各地から観光客が訪れ 1時間待ちであったり 駐車場が満杯だったりします。

 全国資本の大手バーガーチェーンは 佐世保ではさぞ苦戦していると思いや アーケード中ほどのマックは 地元の学生で賑わっていましたね.....。
●佐世保バーガーブックマーク  http://www.cherrypalace.com/main/diary/hamburger.shtml
●佐世保バーガーの正しい食べ方も....... http://www.sasebo99.com/sight_sasebo/bgmap.shtml
  アルバカーキ橋と佐世保公園
 佐世保の繁華街の西側に佐世保川が流れていますが 川の西岸とを結ぶ橋が
アルバカーキ橋
(佐世保の姉妹都市は米国アルバカーキ市)です。

 川の東岸はギュウギュウの繁華街ですが 橋を渡ると雰囲気が一変して緑豊かな気持ちの良い都市公園となっていました。

 公園を取り囲むように延びるフェンスの先には米軍区域となり
米兵達のための広々としたグラウンドが広がるニミッツパークがあります。
米海軍佐世保基地正門
           (写真左)

基地正門から佐世保中心部
までの緑豊かな広い通りが
国際通り
です(写真上)
  海上自衛隊佐世保史料館(セイルタワー)
 旧海軍の遺産を継承する 艦艇史料館です。
旧海軍や海上自衛隊の活動などを模型と資料を通じて展示・解説してあり この日も多くの観光客が訪れていました。
入場が無料である事は嬉しいですね。

 この建物は旧海軍の遺産“佐世保水交社”跡地に 建物の一部を修復し 新館を増設したものです
佐世保水交社は 海軍士官の懇親、外国士官の接待、艦船乗組士官の宿泊に用いられ 大ホールや大食堂を持つ ハイカラな洋館でした。戦後しばらくアメリカ海軍が接収し使用していましたが 昭和57年に返還されました。

 日清、日露戦争で連合艦隊の集結地になった佐世保
鎮守府司令官には、後に連合艦隊司令長官となった東郷平八郎
首相となった米内光政など、帝国海軍の重鎮が歴任しました。
 1階は佐世保地方隊の資料展示 2階から3階が海上自衛隊の展示 4階から6階が旧海軍の軌跡という資料展示 7階が映像ホールと展望ロビーとなっていますが 歴史を辿るならば7階から階下へ進んで下さい
1960年代生まれの男性ならおそらく 4階が最も興味深く展示を楽しめるでしょうね。1300点以上の展示で軍港として発展した佐世保の歴史がここに来るとよく解りました。

 館内は入口と7階以外の写真撮影は禁止です
       (当サイトでは禁止エリア以外の写真を掲載)
開館時間 9:30〜17:00(入場16:30迄)第3木曜と年末年始は休

 海上自衛隊に艦船を見に行きたいという人の為に 車のすぐ横で写真を撮れるような場所や艦隊集合訓練の実施日などのインフォメーションがあると良いですね。
佐世保市観光案内所(JR佐世保駅内)
佐世保バーガーマップや
外国人バー&ジャスバーマップなど
観光に必要な情報が充実しています。
 このあとで 佐世保市内の展望を楽しむため 弓張岳に行ってみました。
こちらからどうぞ →佐世保・弓張岳

 佐世保の魅力とは やはり 小さな街ながら多彩な表情を持った所でしょう......。
街歩き以外に ハウステンボス、西海国立公園の九十九島の周遊もすると
2日では足りないほど 街の中心部を歩くだけでも 結構楽しめる筈ですよ。
機会があれば又ぜひ訪ねたいと思えた街でした。 

 ●九州最大のテーマパーク →ハウステンボスを訪ねて
 ●旧海軍の街・横須賀 →横須賀ストーリー
 ●旧海軍の街・呉    →旧海軍の街・呉を巡る
                 呉・大和ミュージアム
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 どんぐりの形をした独楽6号「佐世保ごま」けんかゴマ、丸コマ、いろんな呼び名があります!

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