|
|
宮崎県宮崎市に行ってきました。
温暖な気候に恵まれ、「太陽と緑」に象徴される国際観光リゾート都市として発展するこの街
九州の中核都市に相応しい特色ある街作りが進められ 長く滞在したいと思える都市でした。
|
|
まずは宮崎駅から |
 |
宮崎への鉄道アクセスはあまり便利が良いといえず 現在は
隣県間のアクセスが中心となっているようです。
東京や大阪からは空路、福岡熊本からは高速バスがポピュラーで 特に福岡を結ぶ高速バスは日中30分〜60分毎の高頻度運行。“皆割フェニックス号”は往復6000円という格安運賃でアピールするなど 現在は高速道路中心の交通体系になっています。
昔 東京大阪、博多から 寝台特急の富士や彗星、DC特急“おおよど”が長時間で結んでいた事を考えると隔世の感がありますね。
宮崎の観光は 私個人としてはレンタカーを含めた車の利用が効率的と感じます。確かに観光列車「海幸山幸」やバスもあり 宮交ワンデーフリーパスは県内全路線1日二千円乗放題ですが 今日は日南を巡る日、今日は高千穂エリア と的を絞る必要がありそう。 |
|
 |
 |
 |
宮崎駅も近代的で デザインの洒落た高架駅ですが
駅そのものは小さく テナントも少しづつ入れ替わっている印象。
まずは観光案内所で見所情報を収集しました。 |
|
 |
 |
|
駅前に立つと 綺麗に整備され南国を感じさせる町並みが拡がります、
高い建物に取巻かれていないので 広い空が拡がる感じが好ましい。 |
|
駅前の公園にて撮影 (写真右)
水と緑が溢れる街といった印象です。
ただ 駅を降りてすぐ、シーガイアに行く方法がまともになかったりします。(タクシーか、1時間に一本しかないバスしかない)
他の都市のように公共の交通機関がさほど発達していないので
(田舎は何処もそうかもしれませんが)旅程を立てる事をお勧め。 |
 |
 |
|
 |
|
平和台公園 |
 |
まずは平和台公園に行ってきました。この公園は宮崎市街の北側 標高60mの丘陵地に位置している県立公園です。
丘の上なので市街地の眺めが良く、面積は688,000u。
公園内には、はにわ園、アスレチック広場、運動広場、芝生広場、せせらぎ水路、緑に囲まれた遊歩道、展望台、そして平和の塔があります。
平和の塔は この公園のシンボル的な存在で 高さ36.4メートル
完成は昭和15年で紀元2600年を記念して造られました。
製作、設計者は、当時の日本彫刻界の第一人者であった日名子実三氏です。
大日本帝国華やかりし頃 大東亜共栄圏の中心に君臨する国家らしく日本古来からの精神、国家神道を象徴するような『八紘一宇』という言葉が掲げられています。 |
八紘一宇の書は 秩父宮雍仁親王によるもの
四隅には正面(東側)から右回りに『奇御魂』『荒御魂』『和御魂』『幸御魂』の荒御魂像(信楽焼)が配置されています。
塔は御幣を表し 世界各地の切石1,789個を含んだ石材で構成されています。
戦後は軍国主義を連想させるからと この文字と4つの荒御魂像が除去された歴史もあるそうですが 昭和32年に都市公園として指定され 昭和37年〜40年にかけて元に戻されました。
昭和39年の東京五輪の際 聖火リレーの第2スタート地点として
平和の塔が選ばれました。 |
 |
 |
 |
 |

神話の国みやざきを象徴するように 公園内「平和の塔」の北側には
はにわ館 はにわ園も設置され 古墳を型どった盛土の上に、
日本各地から発掘された埴輪、土器土偶などがあります。
東京の日比谷公園とは 姉妹公園の間柄となっており
入園無料も嬉しいところ、宮崎市の代表的な観光地の一つとなっています。 |
 |
 |
 |
|
県立平和台公園内にはレストハウスがあります(写真右)
ひむか村の宝箱、オーガニックレストラン、レストラン待夢など
緑の木立の中の遊歩道(写真右端)
池の周辺や山の尾根に沿って散策路があり、
絶好の散歩コースとなっています。 |
 |
 |
 |
|
宮崎神宮 |
 |
 |
 宮崎神宮は日本の初代天皇「神武天皇」をまつる神社です。
宮崎の代表的な観光コースに組み込まれていることもあって
境内も広く 全国から多くの参拝客も訪れています。
参道を進むと神門があり、神門の奥に拝殿。拝殿の奥に更に拝殿があり 正式参拝の場合は奥の拝殿に進みます。
御祭神は 主祭神が神日本磐余彦天皇(かむやまといわれひこのすめらみこと)=神武天皇
配祀は鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)、玉依姫命(たまよりひめのみこと)=神武天皇の両親
宮崎という地名も この神社から由来していると謂れ 宮のサキ(神宮の先)に広がる地であった所から みやざきになったとか...。最も古い文献に登場するのは建久8年(1197年)ですから 800年以上の歴史があります。 |
 |
 |
 |
 |
 |
荘厳な森の中にある宮崎神宮 |
神紋は菊花で 社殿は神明造りです |
神武天皇の額がかかる拝殿にて |
|
 |
|
宮崎市中心街を散策 |
 |
宮崎市のメインストリートは南北に伸びる橘通り。
繁華なエリアは橘通りと高千穂通りの交差点から南側一帯で 百貨店 ホテル 生保などのビルが立ち並んでいます。
そうはいってもやはり元々が29万位の都市
熊本や鹿児島に較べると どうしても田舎町が精一杯頑張りましたといった感じ(失礼)。
盛り場は熊本や鹿児島の三分の一という規模でしょうか。
宮崎も郊外型ショッピングセンター「イオンモール宮崎」の影響で
中心部の既存市街地が沈滞気味です。
中心部には山形屋百貨店の他 ボンベルタ橘という大型店もあります。ボンベルタ橘は 元々ジャスコだったものがイオングループになった百貨店で ターゲットもどちらかといえば若者・中年以下、山形屋よりは普及品的であり 専門店ビルの様相ではあります。 |
 |
 |
橘通三丁目交差点付近
ワシントン椰子の植栽された中央分離帯が設置され 現在のような姿に形を整えたのが 昭和42年です。 |
 |
 |
高千穂通り
橘通りから宮崎駅を結ぶ 街で最も幅の広い通りです。
街路樹の楠が美しく 県内外の大手企業が集まった
オフィス街になっています。 |
西橘通り
橘通り西側に西橘通り、中央通り 西銀座通りがありますが
この辺がお酒やグルメが楽しめる料飲街となっています。
宮崎に来たからには黒霧島を買ってホテルで飲みたい..........。 |
 |
 |
 |
宮崎県は一人あたりのパチンコの台数日本一といいますが
パチンコ店は中心部ではなく 郊外ロードサイドに多いのかナ? |
 |
チキン南蛮(左写真)は 宮崎発祥の名物料理です。
鶏肉を油で揚げ 甘酢に軽くくぐらせた後 タルタルソースをつけて食べます。中心部に美味しいチキン南蛮の店が点在しています。
(宮崎は肉は何でも美味い 宮崎地鶏だけでなく宮崎牛も) |
 |
 |
宮崎市は積極的な工場誘致をせず 新婚旅行のメッカとして 観光都市として生きる道を選びましたが 町並みは明るく作られて
落ち着いた住みやすそうな街である事は美点ですね。 |
 |
|
宮崎県庁を訪ねて |
 |
名物知事のお陰で 連日多くの観光客が訪れる県内屈指の人気スポット 宮崎県庁に行ってみました。
県庁舎(本館)は ネオゴシック様式が流行った昭和初期 1932年に建設され 全国で4番目に古い県庁舎です。大切に使っていて好ましく思えました。 |
|
 |
 |
県庁の庁の字が 「廰」
広く県民の声を聴くという意味 |
正面玄関に入ると
東国原知事の等身大パネル |
 |
 |
 |
東国原知事に会えたぞ!二階の議事堂から知事応接室に向かって行かれました。 |
県庁前の楠並木通り |
|
実は宮崎という街は..............
明治になって一から建設された、県庁所在地としては例外的な町なのです。
(大抵 県庁所在地は江戸時代に城下町だった所が多い)
当初 県庁の場所を決める時、都城と佐土原のどちらにしようか?という話になったようですが
県内の交通の便を考え 宮崎に県庁が置かれることになったのです。
市に昇格できたのもずいぶん遅く、元号が昭和になる前年の1924年(大正13)でした。
戦前、宮崎県下の3大都市は延岡、都城、宮崎で、この3市はほぼ同規模の都市でしたが、
戦後は、宮崎市だけが大幅に人口増加して 現在では宮崎県の人口の三分の一が宮崎市に集まっています。 |
 |
|
大淀川に沿って |
 |
 |
 |
昭和30〜40年代の話ですが 宮崎=新婚旅行のメッカ という時代がありました。
宮崎の観光ブームに火をつけたのは 昭和35年に島津久永・貴子(昭和天皇の第五皇女)夫妻が
新婚旅行で日南海岸沖の青島を訪れ、2年後の昭和37年には皇太子夫妻(現在の天皇・皇后両陛下)が
宮崎県に来た事から始まります。
県木フェニックスに代表される南国情緒豊かな気候から、宮崎は新婚旅行先として人気を集め
日南海岸や 旅の起点でもある宮崎市を中心に 空前の観光ブームに湧き
自治体や地元の交通会社も 街路や河畔、日南海岸にフェニックスを植えて南国ムードを演出しました。
特に 大淀川沿いには 旅館・ホテルが建設されるようになりました。
川沿いに続くフェニックス並木の傍で 新婚さんが記念写真を撮ったりしたのでしょうね。
ピークの頃には 宮崎市に年間37万組もの新婚客が宿泊したと云われます。
新婚旅行先が海外に移っていくに従い ハネムーナーのメッカとしての賑わいは去りましたが
今は他の多くの観光客が宮崎を訪れるようになり 大淀川沿のホテル群も 伝統と格式を重ねながら営業しています。 |
|
 |
 |

都市としての歴史では 明治以後に県庁が置かれ 以後 急速に発達したような町なので 市内には宮崎神宮の他に 歴史を伝える史跡が非常に少ないな と感じるかもしれませんが、それを差し置いても 気候温暖で魅力溢れる街だと感じます。
都会とは違う過ごし方があります。 |
自販機も東国原知事一色 |
2009年末時点で民放2局しかない(^^;) |
|
宮崎市域に含まれますが 同日に訪ねた青島は“日南海岸”コンテンツに記載しています。
|