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 山口県光市大和町にある石城山を訪ねました。
山頂へは県道石城山公園線(全面舗装だが道は細い)で 楽に登る事が出来ます。
公共交通機関は無く 田布施駅や岩田駅からも6〜7kmあるのでマイカーでの探訪が最適です。

 この山は山口県立自然公園に指定されており、8合目をベルト状に取り巻く神籠石(国指定史跡)が何といっても有名です。
重厚な古代遺跡が彩りを添え 歴史ファンには山口県で最も価値を見出せる山と言えましょう。
県道石城山公園線の終点が駐車場 同じ位置から後方(田布施方面)を望む

地元の人々は石城山の緑を大事にしているので 駐車場所に配慮し山野草や樹木を採取せず、ゴミは持ち帰り、山火事防止に気を付けましょう。
 山域に売店や自販機などは皆無ですので お茶などを麓で調達して下さい。 
駐車場に車を置いて 仁王門をくぐって
重要文化財の石城神社本殿へ向かいます。
石城神社 (国指定重要文化財)
 社記によると1400年前に 敏達天皇から「石城宮」の勅額を賜ったとあり、清和天皇貞観6年(867)に、周防国石城神社を正五位上に列する旨の記録もあります。
 延喜式(910)神名帳に登載されている由緒ある神社です。
500年前 大内政弘により再建され、室町時代の様式をよく残した春日造の建物です。

 石城神社を過ぎると神籠石に沿って 散策道が設置され
静かな雰囲気のハイキングルートになります。
写真左手は、明治維新で活躍した第二奇兵隊本陣跡(神護寺跡) 
幕末期に此処に本陣を置き、四境の役で周防大島に出撃し鳥羽、伏見の役でも活躍しました。

写真右手は、第二奇兵隊練兵場跡(駐車場奥のキャンプ場付近)
明治維新をリードした第二奇兵隊の方々は 神籠石の謎に気付いていたのでしょうか?
神籠石
 石城山神籠石は、土塁の基礎として底部に土留石として用いられ土塁を朝鮮式(百済式)山城の工法(版築法)で築城しています。
現在見ることが出来る神籠石は、底部に作られ土で覆われていたものが露出して列石をなしたもので 総延長は約2,530mです。

 四角に面を揃えた石が 延々と帯状に かみそり刃も入らないほど きちっと一列に並べられていました。
千三百年前(古墳時代末期)の構築と推定されるとの事ですが 既にこんな土木技術があったのでしょうか。

現在、神籠石遺跡は全国に14ヶ所あるとされ 北部九州から西瀬戸内の範囲にしかありません。(特に多いのが朝鮮半島に近い福岡、佐賀、長崎なのです)
 見所は神籠石ですが
四角に切り出した石を平行に積み重ねた水門も見逃せません。
東水門、北水門、西水門がありますが
最も大きいのが北水門
東水門は大雨で一部倒壊していますが重厚感溢れ、
西水門は最も険しい地形にあって築造の難しさが偲ばれます。
西水門 急坂で転倒などしないよう注意して下さい 北水門 この辺り最下部で標高268mまで下ったことになります

 但し 水門は 当然ながら草が繁った湿地です、
こういう所は大抵マムシやハミが多いんですよね。ご注意下さい。
東水門 石は80cm四角で 奥行きは何と10mもあります。

 神籠石はしばらく荒廃に任せていましたが、近代になると明治24年(1891)当時の熊毛郡視学だった西原為吉さんによって発見され、それまで九州にしか存在しないとされた大遺跡が本州でも発見されたので 学会に注目されたのです。
 そして初代大和村長や県議を務めた地元の有力者 田熊文助さんが石城山の魅力を著書で紹介し、明治30年から学者の間で、何時頃 何の為に築造されたのか論じられるようになりました。

 神籠石の由来については長年、神域説と山城説の二説で論争されていました。昭和39年 国の文化財保護委員会(文化庁の前身)と大和町の発掘調査で、朝鮮式山城に類似した土塁を有する山城跡(神籠石式山城)である事が判明しました。


左写真は神籠石見学道からの風景で 周辺はオガタマノキが多い
案内図や標識も完備されています 神籠石の露出部が図示された地図 神籠石サミットもあったのですね 奥は仁王門

 神籠石ハイキングルートに沿って 形の変わった石が幾つかあり 形容に沿った岩名が付けられていました。
 石城山の8合目から上は 峰が5つあり、東側から時計回りに 高日の峰359.7m、大峯、鶴ヶ峰(テレビ塔がある所)、築山、星ヶ峰が並んでいます。

 また古くから信仰の山で、付近には先述紹介の石城神社以外にも 、最高峰に位置する高日神社、般山神社、物部神社、日本神社(やまとじんじゃ)など、照葉樹林の森底に大小様々な神社が建立しています。 
 周防の神山と云われた聖域だけに 樹木も濫伐されることなく 豊富な植生が比較的温存されたようです。
日本神社(やまとじんじゃ)社殿。国家「君が代」でお馴染みの“さざれ石”がここにも...→。
 石城山は全体的に照葉樹の森に覆われ 展望が開ける所が多くないのですが
強いていえば 日本神社の所から 東側の柳井方面
駐車場から少し南側(県道石城山公園線の終点)から 南側の田布施、平生、室津半島方面
の景観が得られます。霞んでいなければ四国や九州も望めます。

鬱蒼とした山の中に忽然と現れる神籠石、皆さんもロマンを掻き立てられる事でしょう。
また、ここは初代内閣総理大臣伊藤博文出生地も至近です。(伊藤公記念公園を訪ねて)


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